ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン東日流外三郡誌(4)荒吐一族と日向一族との「国盗り」抗争〜驚くべき民主主義、荒吐五王之掟
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.04.18
#895-473
不安や恐れのない皆んなが
安心して幸福に暮らせる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です✨️
前回は、記紀(古事記・日本書紀)から
ほぼ消し去られた民族
「荒吐(アラハバキ)一族」
について、その起源と名前の由来を
読み解いてきました。
今回はいよいよ、
彼らの政治システムに迫ります。
荒吐一族の統治の仕組みは
「荒吐五王之掟(あらはばきごおうのおきて)」
と呼ばれる文書に記されています。

その中身を読むと、
まるで現代の民主主義の教科書のような内容が
並んでいるんです⚡️
たとえば、こんな原則が書かれています。
「五王は常に会し、世の兆しを謀りて事に当る」
つまり、
一人の王が独裁するのではなく、
北・東・南・西・中央の
5人の頭主(とうしゅ)が合議で決める
という仕組みです。

さらに、五王の上には
「総頭主(そうとうしゅ)」が置かれ、
各地域の長老たちが
選んだ代表が集まって
国の方向性を決めていた、
とされています。
そして、
その社会の底を支えていたのが
十人組・五人組
という相互扶助システムでした。

これ、江戸時代にも
「五人組」という制度がありましたね。
ただ荒吐一族の場合、
それが「監視」ではなく
「助け合い」のための仕組み
として機能していたというんです🌿

毎日の食糧は「飯塚(いいづか)」という
共同の倉から分かち合い、
誰も飢えない社会を目指していた。
なんと、
「一食一汁一菜を皆で等しく」
という精神が
制度化されていたとされています。
(素晴らしすぎる!!)

著者の佐治芳彦氏は
これを「古代の社会主義連邦」と呼んでいます😲
毛沢東の人民公社の
2000年以上前に、
東北の地でその原型が
実践されていたかもしれない。。。
そう考えると、
ちょっとゾクッとしませんか?
荒吐一族の社会は
「山の民(阿蘇部族)と海の民(津保化族)」
が融合したものでした。

だからこそ、
山・海・川・農・工・語(言語)・神
あらゆる分野に
専門の担当部門が置かれ、
それぞれが
有機的につながっていた。

現代の省庁制度にも似た
高度な行政システムが、
はるか古代の津軽に
存在していたとされているんです。

こんなに精巧な
社会を築いていた荒吐一族が、
なぜ歴史から
消えていったのか?

次回は、大和朝廷との
壮絶な抗争の末路と、
「荒吐の魂」が
いまも東北に生き続けている
かもしれないというお話をします!
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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