ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン東日流外三郡誌(6)追記|津刈丸(つかりまる)とは何か?
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.04.20
#897-475
不安や恐れのない皆んなが
安心して幸福に暮らせる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です✨️
前回の記事の中で出てきた
「津刈丸(つかりまる)」
について、、
さらっと触れただけでしたので、
補足させてください。
津刈丸(つかりまる)とは、
人の名前ではありません。
「称号(タイトル)」です。

崇神帝(イリ王朝)が
荒吐五王の総主
つまりリーダーに対して
特別に与えた肩書きのことです💡
ではなぜ、称号を与えることが
「分断工作」になるのか?
荒吐五王の統治システムは
北・東・南・西・中央の五人が
完全に対等な立場で合議する
というのが大原則でした。

誰か一人が特別に
偉いわけではない。
全員が横並びで、
話し合いで決める。
それが荒吐一族の
誇りでもあったわけです。
そこに崇神帝が
巧みに手を打ちます。
五人のうちの一人だけに
特別な称号を与えた。

するとどうなるか?
称号をもらった総主は
朝廷に対して
恩義と従属の気持ちが生まれます。
残りの四王との間には
「特別扱いされた者」と
「されなかった者」
という目に見えない
格差が生まれます。

五王の横並びの平等原則が
静かに、しかし確実に崩れていく。
さらに
「津刈(つかり)」
という言葉自体が
「津軽(つがる)」の
古い読み方・表記のひとつ
とされています。
つまり津刈丸とは
「津軽を治める者」
という意味合いを持つ称号だったと
考えられるわけです。

そして、この称号を
受け入れた系統は
やがて朝廷から
「安倍(あべ)」という
氏族名を与えられ、
荒吐一族本来の掟や慣習から
少しずつ切り離されていきました。

東日流外三郡誌には
こう記されています。
「津刈丸以降、荒吐の氏号を賜りて
茲に津刈丸は安倍の氏号を与えると同時に、
荒吐一族の習掟は除かれた」
これが、
前九年の役・後三年の役で
源頼義・義家と壮絶に戦った
安倍頼時・貞任親子の祖先
へとつながる系譜です。

荒吐の血を引きながら
朝廷の氏族名を与えられ、
それでも最後まで東北の地で
戦い続けた安倍氏。

その複雑な宿命の出発点が
この「津刈丸」という一つの
称号だったとしたら
なんとも切ない
歴史の綾だと思いませんか?
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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