ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン東日流外三郡誌(5)荒吐一族と日向一族との「国盗り」抗争(後編)〜千年の抵抗、荒吐の魂は消えていなかった
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.04.19
#896-474
不安や恐れのない皆んなが
安心して幸福に暮らせる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です✨️
前編・中編と、
東北・津軽に根を張った
荒吐(アラハバキ)一族
の姿を追ってきました。
今回は、その壮絶な抗争の
クライマックスをお届けします。
紀元前660年頃、
神武天皇の東征によって
耶馬台の地を追われた
長髄彦・安日彦兄弟が
津軽の地に
荒吐一族を建てて以来、
大和朝廷との抗争は
実に1000年以上にわたって続いた
と、東日流外三郡誌は伝えています。

その戦いのリアルを示す
一つのエピソードが
垂仁帝・景行帝・仁徳帝による
「和平工作と軍事遠征」です。
垂仁帝は田道間守を
東日流へ和平使者として送り込みました。

でも、
交渉は成立しなかった。
景行帝は竹内宿禰を
「日高見国(ひたかみのくに)」
つまり東北に派遣しました。
そして
日本武尊(ヤマトタケル)の東征も。

さらに仁徳帝が送り込んだ
田道将軍の軍は、
東日流で全滅した
と記されています⚡️

朝廷がいかに手を焼いていたか、
その深刻さが伝わってきます。
そして、
もっとも巧みだったのが
崇神帝のクーデター工作でした。

荒吐五王の総主に
「津刈丸(つかりまる)」という名を与え、
五王連合の内部分裂を謀った
というのです。
名誉と称号を餌に、
荒吐一族の結束を内側から崩そうとした。

これは今でも使われる
古典的な「分断統治」の手法ですね😶
この工作はある程度効果を上げ、
津刈丸以降、
荒吐の氏号を持つ集団の一部が
「安倍氏」として朝廷側に
吸収されていきます。
あの「前九年の役・後三年の役」で
源頼義・義家と戦った
安倍頼時・藤原清衡たちの祖先が、
実は荒吐一族の末裔だったというわけです。
そういえば、安倍晋三元首相の父
安倍晋太郎氏が安倍家のルーツとして、
荒覇吐神を祀る大山祇神社(石塔山)を
1987年に参拝されてましたよね💡

「荒吐の魂」は消えていなかった。
前九年・後三年の役は
記紀の時代から延々と続いてきた
「東北先住民族の最後の抵抗」
だったのかもしれません。

そして、東北の民が
「津軽じょんがら」に込めた哀愁も、
「南部牛追い歌」に宿る誇りも、
もしかしたら
はるか縄文の時代からつながる
荒吐の魂の残響
なのかもしれないと思うと
青森に生きる私たちにとって、
この土地の歴史は
まったく別の輝きを帯びてきます🌿

東日流外三郡誌は
学術的な真贋論争の渦中にある文書です。
「偽書」と断じる研究者もいる。
でも、
記紀が「勝者の歴史」を記したものである以上、
「敗者の側の記録」もどこかに存在するはずです。
この文書が伝える
東北先住民族の誇りと抵抗の歴史を、
もっと多くの人に知ってほしいと
心から思います。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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