ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン【満洲国の謎②】 荒野に生まれた「奇跡の都市」〜満州は日本の天才たちが作った経済国家だった
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.08.31
#1030-608
不安や恐れのないみんなが
安心して幸福に暮らせる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です✨️
前回、
こんな問いを残しました。
石原莞爾が自ら
「戦犯にしてくれ」と申し出たのに、
アメリカはなぜ、
頑なに拒んだのか?
その答えを探すには、
まず 満州国とは何だったのか?
を知る必要があります。

正直に言えば、
ワタシもこれまで、
欧米列強と
同じように資源確保のため、
「皇帝溥儀を頂きに置いて、傀儡国家を作った。」
というようなイメージでした。
ところが、三橋貴明さんの解説を聞いて
まったく違う姿が見えてきたのです😲

満州国の中枢を担ったのは、
日本のシンクタンク。
その名を、
満鉄調査部といいます。
エコノミストの宮崎正義が中心となり、
開発の基本計画=グランドデザインを策定しました。
やったことは、
こういうことです。
🚂 鉄道網と道路を敷く
🏙 鉄道の付属地に都市をつくる
🏨 ホテル、学校、商店、映画館、病院を配置する

つまり、インフラ投資で
一気に経済成長させるという発想。
さらに、
通貨の安定・基礎エネルギーの確保・資源開発まで
セットで設計されていました。
どこかで
聞いた話ではありませんか❓

そう、戦後日本の高度経済成長、
そのものの考え方なのです。
では、実際にどうなったのか?

首都・新京(現在の長春)。
もとは、ただの荒野でした。
そこに
広場、幹線道路、公園、緑地、
上下水道が整備され、

世界の大都市に引けを取らない
街並みが生まれます。
当時の写真を見て、
三橋さんはこう言います。
「ある意味、今より美しい。 」
電柱と電線がないんですよ」😄
数字で見ると、驚きます。

大連には、
日本人建築家の手による
西洋建築が立ち並び、
水洗トイレが備えられ、
市電が走りました。
豊満ダム——アジア最大級。
今も稼働しています。
そして、特急「あじあ」

最高速度130km、冷暖房完備。
当時、世界最高水準の列車です。
この技術が、のちの
新幹線へとつながっていきます🚄
建国大学は、1学年の定員150人に対し、
1万人が殺到する人気ぶりでした。


三橋さんの言葉を借りれば
「中国の中で、旧満州国地域だけが別世界だった」
評価したのは、
日本人だけではありません。
見学に訪れたフィリピンの外務代表は、
案内役にこう漏らしたと記録されています。
フィリピンはスペインの植民地として350年、
アメリカの支配下に入って40年。
だが彼らは、
フィリピン人の生活の向上に役立つものを
何ひとつ作らなかった。

満州は建国わずか10年で、
これを成し遂げたのか!!
欧米企業も、
続々と満州国へ進出しました。
満州国内を走る自動車の
半分以上がフォードとGMだったのです。

驚きました。
侵略のイメージしかなかった土地に、
世界中から評価される国が築かれていた。
でも。
アメリカが本当に隠したかったのは、
実はここではないのだそうです。
隠したかったのは
石原莞爾が、
満州を作った理由のほうでした。
その理由は、次回に。
※ 満州国については、ここで語られていない側面もあります。
1931年の満州事変の経緯、国際連盟での評価、 統治の実態など、シリーズの後半で整理して触れる予定です。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます✨️
【次回予告】第3部「化け物のような軍事大国」
なぜ、満州に国を作らねばならなかったのか。
2対1を2対2にする——石原莞爾の地政学。







(2 投票, 平均: 1.00 / 1)