ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン東日流外三群誌Ⅱ_盗まれた邪馬台国(3)稲作という「武器」〜日向一族が耶馬台を支配した本当の理由
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.05.18
#925-503
不安や恐れのないみんなが
安心して幸福に暮らせる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です✨️
前回までのつづき
今回は「稲作を武器とした日向一族」
のお話です💡
縄文時代の末期。

日本列島に、
ひとつの「革命」が起きました。
それが、稲作の伝来です🌾
でも、これって単なる
「食べ物の話」じゃないんです。
食糧を制する者が、権力を制する。
稲作が、その後の日本の支配構造を
根本から変えてしまった

稲作技術を最初に手にしたのは、
猿田族(日向族)だとされています。
猿田彦といえば、
神話では「道を示す神」として
語られていますよね。
でも著者の佐治芳彦氏は、これを
実際の文化伝播者・農業技術者の象徴
として読み解いています。

猿田族は稲作技術をもって
耶馬台の諸族に近づき、
「食糧を提供する者」として
信頼と恩義を積み重ねていった。

その結果として、
耶馬台五十七カ国連合の中で
実質的な主導権を
握るようになったというんです。
「食べさせてもらっている」となると、
逆らえなくなる。
これって、今の世界でも
変わらない構造ですよね💧
経済支援や食料援助が、そのまま
政治的な影響力になっていく。

古代も現代も、人間のやることは
あまり変わらないのかもしれません。
もうひとつ、
面白いのが「ヤマト」の語源。
「大和(やまと)」って、奈良の地名だと
思ってる人が多いと思うんですが、
著者によれば、
もともとは
山間の盆地に定着した縄文人の集住地

を指す、
普通名詞だったというんです。
「山間処(やまと)」が、
やがて固有名詞「大和」
へと変わっていった。

稲作という技術が生んだ
「余剰と権力」
そしてヤマトという
言葉に込められた
縄文人たちの暮らしの記憶。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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