ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン『万人幸福の栞』第3条「運命自招」⑤〜境遇は心の通りに変わる
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.07.12
#980-558
不安や恐れのないみんなが
安心して幸福に暮らせる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です✨️
いよいよ第三条の核心です。
丸山敏雄先生は、
こう言い切ります。
「境遇も、あらかじめ、そうしたさだめがきまっていて、その中に入って行くのではない。その人の心の通りに、境遇の方が変るのである。」(三六〜三七頁)
境遇が先にあって、
私たちがそこに入っていくのではない。
心が先にあって、境遇があとから変わる。
順番が、逆なのです。
これを、竹秋先生の『解説』に出てくる
一人の炭鉱夫の物語で見ていきましょう。
M氏は、まっ暗な坑内で
石炭を運ぶ仕事をしていました。

十七年間、慣れきった坑道。
ある日、暗闇の向こうから
台車が迫ってきます。
「台車だ!」
避けようとしたその瞬間、
足が滑り、彼は左膝関節を
切断してしまいました。
炭坑を辞め、
文具店を開きます。

けれど客は来ない。
子供たちからは「びっこヤーイ」とはやし立てられる。
彼は天をのろい、
地をうらみました。

ところが、です。
つくづくとわが身を省みたとき、
彼はあることに気づきます。
生来わがままで、気が短い。
父とは喧嘩ばかりして、
ついに家を飛び出した。
妻には暴君ぶりを発揮し、
なぐったり蹴ったりしていた。
そして、あの事故。
あれは、慣れきった坑内での
自分の不注意が招いたものではなかったか?

彼は、かく感じて、いさぎよく親に詫び、妻に謝り、兄弟の仲を乱さぬようにし、わがまま勝手なふるまいを、断乎として改めたのです。
そして、障害がある今の境遇を、嫌がらず悲しまず、喜んで受け入れるようにした(一〇四頁)。
すると。
驚くべき変化が起こりました✨️
家庭の雰囲気が変わり、
明るい表情には人が寄ってくる。

冷たい目で見なくなり、
冷やかす者もいなくなった。
客入りの悪かった店が、
次第にやってゆけるように変わっていったのです。
今や彼は、
身体障害者の世話役として、
人々のために尽くしています。
足は動かず、歯がみをするような身体は、皆一つに癒着してしまった。
その運命は、かくも薄情なものならぬか。断じて、否である。(一〇四頁)
境遇は、何も変わっていません。
足は元に戻らない。
変わったのは、
彼の心でした。

そして心が変わったとき、
境遇の方が変わったのです。
本文には、
こんな情景が描かれています。
憂うつな性質の人が集まると、
座はいよいよ打ち沈む。

世に心配をしらぬ青年が
呵々と大笑して入ってくると、
座は急に停電後点燈したように明るくなる(三七頁)。
同じ部屋。同じ人数。
けれど、入ってくる一人の心持ち次第で、
その場の空気はまるで変わる。

そして、
あの美しい一節。
「心が打ちしめれば、その環境は、梅雨時のように打ちしめり、かつ然として心が打ち開ければ、天地一碧、ようようたる大宇宙が打ち開ける。」(三七頁)
心が閉じれば、
世界は梅雨空になる。

心が開けば、天も地も一つの青、
広々とした大宇宙が開ける。
私はこの一文を読むたびに、
姿勢を正したくなります。
M氏の足は治りませんでした。
けれど彼は、
足のせいにするのをやめました。
父のせい、妻のせい、
坑道のせい、世間のせい
外側に置いていた原因を、
そっと自分の側に引き取ったのです。

第1回で私が気づいた、
「他人のせい・場所のせい・時機のせい」
その反対側にあるのが、
このM氏の姿でした。
境遇を呪っているかぎり、
境遇は変わらない。
わが身を省みて心が変わったとき、
境遇の方から変わってくる。
……では、その「心」を、
どこまで自分のものにできるか?
次回、
いよいよ最終回。
第三条は、あの短くて力強い一言に行き着きます。
「己が一切である。」
弥栄✨️
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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