ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン日月神示上巻八_磐戸の巻17〜19帖 大峠を越えるものの条件
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.01.06
#793-371
不安や恐れのない全ての人が
幸福に生きられる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です
久しぶりの『日月神示』です😊
日月神示・磐戸の巻
十七帖から十九帖を続けて読むと、
ここに書かれているのは
「未来予言」ではなく、
“大峠を越える人間の条件”
そのものだと感じさせられます!

まず十七帖
ここで神は、はっきりとこう言います。
神は、人によって善にも悪にも見える と。
優しい神に
見える人もいれば、
恐ろしい金神、
鬼門の神に見える人もいる。
しかしそれは
神が変わるのではなく、
その人の心が、そのまま
映し出されているだけ なのだと。

今の社会を見渡すと、
まさにこの構図です。
同じ出来事を見ても、
「希望の兆し」と受け取る人もいれば、
「もう終わりだ」と
恐怖に飲み込まれる人もいる🌀
情報が溢れ、世の中が
激しく回る今だからこそ、
神示は
「外の出来事ではなく、内側を見よ」
と迫ってきます。

そして神は言います。
不遇に見える役回り
苦しい立場に回されたとしても、
それは身魂の曇りを
取るための働きだ、と。
評価が逆転し
上下がひっくり返る時代が来るが、
完成するまで、
その意味は誰にも分からない。

ただし、出来上がった時、
「なんと見事だったのか」と皆が驚く!
しかもその驚きには、
恐怖の驚きと、
「嬉し嬉し」の驚き がある、と。

十八帖に進むと、
さらに厳しい現実が語られます。
今回の御用は、世に落ちて
苦労を重ねた者でなければ務まらない。

これは能力の話ではありません🙅♂️
肩書きでも、学歴でも、
正しさでもない。
どれだけ痛みを知り、
どれだけ踏ん張ってきたか?
そこが問われているのです。
しかも改心とは、人前で懺悔することではない。
神の前で、
自分の内側と向き合うこと。

ここも、現代と強く重なります。
SNSでの自己開示や
パフォーマンスが溢れる一方で、
本当に自分を見つめ直している人は、
どれほどいるのか?
神示は、静かに、しかし容赦なく
そこを突いてきます。
そして十九帖
ここは、覚悟の帖です。
「もう無理だ」と思う地点で耐え、
さらにその先でも耐え、
「完全にどうにもならない」
と思う所まで、なお貫け、と。

神はすべてを見て
帳面につけているから、
途中で投げ出すな と。
今の日本、今の世界。
先が見えず、不安が増し、
「もう限界だ!」と
感じている人は多いはずです。
しかし神示は、
そこからが本番だと言う。
そこを越えた時、
生神が表に出て働き、
初めて“手柄”が
立つ世になるのだと。

十七帖から十九帖に通底するのは、
「善悪」や「勝ち負け」ではありません。
どの姿勢で立ち続けるか。
どこまで耐え、何を信じて進むか?
その一点です。
大峠とは、外の混乱ではなく、
人の心がふるいにかけられる
地点とも考えられます💡
いま私たちは、
まさにその入口に立っています。
そんな感覚を、この三帖は静かに、
しかし確かに伝えてきます。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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