ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン古代日本の「富士王朝」とは?(2)〜記録はどこに残されたのか?

ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.01.19

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#806-384

 

 

 

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青森の未来を考える会

代表の姥澤(うばさわ)です✨️

 

 

 

 

富士王朝という話題に触れると、

必ず出てくるのが

 

 

 

「その根拠となる資料は何なのか?」

という問いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超古代史の文脈でよく知られているのが、

「竹内文書」です。

 

 

 

日本の正史とは異なる歴史像を

示す文書として有名ですが、

 

 

 

一方で「これだけでは決定打に欠ける」

と言われ続けてきたのも事実です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで注目されるのが、

「宮下文書」です。

 

 

 

 

 

別名「富士古文書」とも呼ばれ、

富士王朝の存在を考えるうえで、

より核心に近い史料とされています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮下文書は、

中国・秦の始皇帝の系譜にあたる

徐福(じょふく)一族が編纂した

と伝えられています。

 

 

 

徐福といえば、

不老不死の薬を求めて

 

 

 

日本へ渡来した人物として

知られていますが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この文書では、

単なる伝説的人物ではなく、

 

 

 

日本の超古代史を体系的に記録した一族として

位置づけられています。

 

 

 

特筆すべきは、

その記録の年代です。

 

 

 

縄文時代以前、

さらには約1万年前にまで遡る日本の歴史

記されているとされ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには富士山を中心とした

王朝の存在が具体的に描かれています。

 

 

 

現在の富士吉田市周辺、

富士山麓の地に、

 

 

 

神殿があり、王朝の中枢機能が

集約されていたという

記録が残されているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこれが事実であれば、

富士山は単なる信仰の対象ではなく、

文明そのものの核だった可能性があります。

 

 

 

しかし、その富士王朝にも

終焉が訪れます。

 

 

 

宮下文書によれば、

西暦700年代に起きた富士山の大噴火によって、

 

 

 

王朝の中心地、
残されていた記録、

 

 

 

そして末裔の人々までもが、
溶岩とともに消え去ったとされています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この出来事こそが、

富士王朝が「幻の王朝」と呼ばれる

理由の一つなのかもしれません。

 

 

 

物理的な証拠が、

自然災害によって失われたとすれば、

歴史の表舞台から姿を消したのも無理はありません。

 

 

 

それでも、

物語はここで終わりません。

 

 

 

富士王朝の系譜は、

完全には断絶していない

という見方があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血統として、

あるいは霊的な記憶として、

 

 

 

その流れを受け継ぐ人々が、

現代にも存在しているというのです。

 

 

 

この点について、

滝沢泰平氏は、

 

 

 

およそ10年前に、

富士王朝の再建に関わった

一人であると明言しています。

 

 

 

ここで言う「再建」とは、

王朝を復活させることではありません。

 

 

 

それはむしろ、

長いあいだ忘れられてきた系譜や思想を、

再び世に浮かび上がらせる行為だと考えられます。

 

 

 

ただし、

このテーマは非常に繊細です。

 

 

 

国家の成り立ち、

天皇制、神社庁という

 

 

 

現在の宗教・政治構造と、真正面から

衝突しかねない要素を含んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのため、長いあいだ公に

語られることはありませんでした。

 

 

 

それでも今、

富士王朝という話が

再び語られ始めているのは、

 

 

 

時代そのものが変わりつつ

あるからなのかもしれません。

 

 

 

富士王朝の終焉と再建。

 

 

 

それは単なる過去の物語ではなく、
これからの日本を考えるための視点として、

静かに問いを投げかけています。

 

 

 

最後までお読みいただき、

ありがとうございます😊

 

 

 

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