ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン上勝町のゼロ・ウェイストに学ぶ②小型焼却炉からの転換〜上勝町が”燃やす時代”を手放した理由

ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2025.12.06

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#756-334

 

 

 

不安や恐れのない全ての人が

幸福に生きられる社会

 

 

 

地球に優しい循環型システム

エコタウン創りに邁進する

 

 

 

青森の未来を考える会

代表の姥澤(うばさわ)です✨️

 

 

 

 

 

上勝町がゼロ・ウェイストを

めざす過程には、

 

 

 

いくつもの

「決断の瞬間」があります。

 

 

 

今回の第2回では、

1998〜2002年の“脱焼却炉”へ向かう

ターニングポイントを追っていきます。

 

 

 

 

■ 野焼き禁止の波。町が選んだ次の手段は「小型焼却炉」

 

 

1990年代後半、

日本じゅうで「野焼き禁止」

向けた流れが強まりました。

 

 

 

上勝町でも例外ではなく、

2000年の法改正で野焼きは完全にアウト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで町が選んだのが——

 

 

 

ごみの量に見合った

小型焼却炉を2基導入する という方法。

 

 

 

1998年、長年続いていた

日比ヶ谷の野焼き場を閉鎖し、

焼却炉へ移行します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、

ここからが本当の試練でした。

 

 

 

焼却炉で燃やした灰は、

なんと「3日でドラム缶1杯」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

処理が追いつかず、

結局 “燃やすごみを減らすしかない” 

という現実が突きつけられるのです。

 

 

 

 

 

■ 職員の必死の努力で、分別は一気に25種類に

 

 

 

 

「燃やせないなら、分別を増やすしかない」

 

 

 

 

そう判断した担当職員は、
リサイクルできる可能性がある業者を

全国に片っ端から探し続けました。

 

 

 

その結果、

なんと1998年末には 

分別は25種類 に到達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロ・ウェイストの萌芽が、

ここで一気に膨らんでいきます。

 

 

 

 

■ 高齢者はどうする?助け合いから生まれた「利再来(りさいくる)上勝」

 

 

家庭での野焼きも禁止され、

資源回収は“持ち込み方式”が基本に。

 

 

 

でも、

上勝町は山間の小さな町。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車を持たない人や高齢者は、

ごみを運ぶのがそもそも難しい。

 

 

 

そこで立ち上がったのが、

住民のボランティアグループ

 

 

 

「利再来(りさいくる)上勝」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごみを持っていけない人」と

「持っていける人」を同じ集落内でマッチング。

 

 

 

これが見事に機能し、

町民の弱点を“助け合い”で補いました🌈

 

 

 

 

現在は町の

支援制度として引き継がれ、

 

 

 

ごみ運搬だけでなく

高齢者の見守りにもつながっています✨️

 

 

 

これは、循環型社会の根っこに必要な

“思いやりの循環”そのものです🤔

 

 

 

 

 

■ ダイオキシン問題が直撃。そして——驚きの決断。

 

 

当時、日本ではダイオキシンが

大きな社会問題になっていました。

 

 

 

上勝町の小型焼却炉

2基も測定したところ、

 

 

1基は基準を満たさず

「不適正」という結果に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう1基は適正。

 

 

 

普通なら

普通なら「適正な方だけ使い続けよう」

と考えるはずです。

 

 

 

 

でも、

当時の町長は違いました。

 

 

 

「2基とも閉鎖しよう。燃やすのではなく、もっと分別を増やそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この決断が、

おそらく上勝町の歴史を

大きく変えた瞬間です。

 

 

 

それは2000年12月。

 

 

 

そして焼却炉閉鎖まで、

住民への説明期間はたった1か月。

 

 

 

担当職員は数名で全55集落を奔走し、

丁寧に説明を重ねました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、反対運動もなく、

2001年1月に完全閉鎖。

 

 

 

その後すぐに

33分別(のちに35分別) へ。

 

 

 

 

上勝町は、この瞬間に

“燃やす文化”を手放し、

本格的にゼロ・ウェイストへと動き出したのです🌈

 

 

 

 

 

■ 私たちが学ぶべきこと

 

上勝町が教えてくれるのは、

ただの「ごみの話」ではありません。

 

 

 

やむなく始めた焼却炉でも、

問題があれば正面から向き合う

 

 

 

できない理由ではなく

「どうすればできるか」を探し続ける!

 

 

 

助け合いが

制度を超えて町の力になる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“燃やす”のではなく

“循環へと戻す”決断を恐れない

 

 

 

これは、板柳町で進める

循環するエコタウン構想に

そのまま活きる視点です。

 

 

 

最後までお読みいただき、

ありがとうございます😊

 

 

 

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