ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン『ガイアの法則Ⅱ』第7章「愛と性に秘められた人間存在の真実」(6)〜なぜ女性性は「封印」されたのか?
ミロクの扉を拓く〜未来の社会デザイン 2026.01.15
#802-380
不安や恐れのない全ての人が
幸福に生きられる社会
地球に優しい循環型システム
エコタウン創りに邁進する
青森の未来を考える会
代表の姥澤(うばさわ)です
『ガイアの法則Ⅱ』第7章を
読み進めていくと、
ある地点で、はっきりとした
違和感が立ち上がってきます。

それは、
「女性性は弱いから抑圧された」という
私たちが無意識に受け入れてきた
物語そのものです。
この章が語っているのは、
まったく逆の視点でした。
女性性は、弱かったからではなく、
強すぎたから封印された。

その一文に集約される感覚が、
P242〜258には通底しています。
ここで言う女性性とは、
社会的な女性の役割や
立場の話ではありません。
また、男性対女性という
対立構造の話でもない。
それは、
「宇宙と直接つながる感受性そのもの」
のことです。

女性性とは、
理屈や制度を介さず、
「感じること」によって
生命や宇宙の流れと直結してしまう性質。
だからこそ、それは
権威にとって、
制度にとって、
そして支配構造にとって、
極めて扱いづらい力だった。
誰かが上に立たなくてもいい。
教義や命令がなくても、
人は「分かってしまう」。
その力は、管理できない。
測れない。コントロールできない。

だからこそ、
女性性は
「間違っている」「危険だ」「穢れている」
というラベルを貼られ、
長い時間をかけて封印されていきました。
象徴的なのが、
宗教史の中で起きた変化です。
かつて存在していた
巫女や女司祭は排除され、
女性の身体や性は
罪と結びつけられ、

感受性よりも理性が、
直感よりも教義が、
上位に置かれるようになった。
これは道徳の進化ではありません。
文明の方向転換でした。
そして興味深いのは、
この封印が、
女性だけを
縛ったわけではないという点です。
女性性が封じられた結果、
男性性もまた歪められました。

本来、男性性は
方向を示し、
貫き、
守る力だったはずです。
ところが、
女性性という調和の軸を失ったことで、
それは
支配し、競争し、征服する力へと
変質していった。
この章は、
「誰が悪いか」を問うていません。
両方が、構造ごと歪んだ
と語っています🤔
現代に生きる私たちは、
もはや露骨な宗教的抑圧の中にはいません。
けれど、
女性性は本当に解放されたのでしょうか?
消費され、
評価され、
数値化され、
商品として切り売りされる。

それは、
別の形をした封印ではないのか?
『ガイアの法則Ⅱ』が問いかけているのは、
ここです。
女性性の回復とは、
女性だけの問題ではありません。
男性の内側にある女性性。
すべての人の中にある感受性。
それを思い出すこと。
感じることを恐れず、
直感を疑いすぎず、
生命の流れに耳を澄ますこと。
女性性が戻るとき、
世界は優しくなるからではありません。
支配と恐怖を前提とした構造が、
成り立たなくなるからです。
この章は、
怒りを煽るために
書かれているのではない。
被害者意識を
植え付けるためでもない。
ただ静かに、
こう告げているように感じます。

あなたは、
本来の感受性を、
まだ封印したままではないか、と。
そしてその問いは、
これから先の章で、
「女性性の回復」「母性と宇宙」
へと続いていきます。
思い出す準備は、
もう始まっているのかもしれません。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます😊







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